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ルイヴィトンにまつわるエピソード
【更新日】2024.02.16
北摂地域を中心に骨董品やブランド品の出張買取を行います茨木星見堂です。
誰もが一度は見たり聞いたことがある世界的ハイブランド、ルイヴィトン。
実際、愛用者の方も多いのではないでしょうか?
今回は、そのルイヴィトンについての歴史や日本とも関係があるエピソードについての記事です。

一人の少年の旅からはじまるルイヴィトンの歴史
ルイ・ヴィトン。
彼は、1821年、フランスの小さな村で生まれます。
そして、14歳の時にパリを目指して歩いて旅をします。
パリにたどりついた時は2年が経ち、16歳になっていたルイ・ヴィトンは、荷造り用木箱製造工房に職人として弟子入りします。
当時は、皇帝ナポレオン3世の時代。
宮廷の女性たちは、当時流行っていた裾が華やかに広がったドレスを運ぶにふさわしい木箱が必要でした。
腕を磨いたルイ・ヴィトンは、このドレスの運搬に便利なトランクを制作。
このトランクが評判となり、ナポレオン3世の妃に気に入られます。
このことがきっかけで、一気にルイ・ヴィトンの名声は世間に広がるのです。
1854年、ルイ・ヴィトンはパリに旅行用トランク専門店を開きます。
これが今のルイ・ヴィトンへ繋がってゆく記念すべき第1号店です。
日本の伝統柄である市松模様を取り入れる
人気を博したルイ・ヴィトンのトランク。
模造品も多く作られるようになりました。
ちょうどその頃、1867年のパリ万博博覧会が開催されます。
日本の浮世絵は世界に知れ渡り、当時のフランスには「ジャポニズム」が流行します。
その影響もあってか、ルイ・ヴィトンは日本の市松模様をモチーフにした「ダミエ・キャンバス」を1888年に発表します。
そして、さらにその後は息子ジョルジュ・ヴィトンによって「モノグラム」へと続くのですが、こちらも日本の家紋がモチーフになったと言われています。
他のブランドが真似できないようなオリジナルのキャンバスを作り、世間ではまだ馴染みがなかった商標登録をすることで、ブランドとしての独自の価値観を築きます。
日本にもたくさんのファンを産む
時代の移ろいと共に、ルイ・ヴィトンはトランクからハンドバックや服飾品など、次第にアパレル分野を手がけるようになっていきます。
ルイ・ヴィトンは海外でも少しずつ人気が出ていましたが、戦争の影響もあり一時は縮小します。
しかし、戦後には海外への本格再進出として日本へ目をつけます。
1978年日本橋・赤坂・渋谷にショップをオープンします。
その後は、アートディレクターのマーク・ジェイコブスを迎え、封印されていたダミエ柄を復活や、日本人現代アーティストの村上隆とのコラボレーション商品を発表するなどします。
ルイ・ヴィトンはブランドとしての伝統を重んじながらも、革新的なアイデアと挑戦を続けています。
その姿勢は、多くの人の注目を集め魅力となっています。

ルイ・ヴィトンは人気の買取商品
ルイ・ヴィトンの歴史を簡単に振り返って見ました。
ある一人の少年の旅から始まり、時の権力者たちに愛されることが発展の契機でした。
日本由来のモチーフをヒントに、ブランドの揺るぎない価値観を築いた世界的な人気のルイ・ヴィトン。
その人気は、現代においても色褪せることなくブランドバッグの王様として不動の位置を築いています。
そのため、ルイ・ヴィトンは高価買取商品としても中古市場で人気があります。
ルイ・ヴィトンのバッグや財布・時計などをお持ちの方で、手放したいとお考えでしたらぜひ一度茨木星見堂にご相談ください。
もちろん、ルイ・ヴィトン以外のブランド品も扱っております。
出張買取も可能ですので、お気軽にお問い合わせください!

