今回の買取品は、奥龍之介の油彩画「バイオリンの少女」です。
音の聞こえない絵のはずなのに、しばらく眺めていると、バイオリンの音色まで伝わってくるようです。
描かれているのは、バイオリンを奏でる少女の横顔です。
視線は伏せられ、意識は弦を押さえる左手へ。右手に持った弓は、今まさに弦の上を動いているところでしょうか。
深い赤褐色のバイオリンに、ブルーグレーの衣服。派手な色ではありませんが、髪に添えられた小さな花や、襟と袖口の白い装飾が、この少女の愛らしさを引き立てています。
どのような曲を弾いているのでしょう。
練習を重ねている途中なのか、それとも誰かに聴かせるための一曲なのか。鑑賞する人の想像を誘います。
奥龍之介「バイオリンの少女」の魅力
この絵の主役は少女ですが、顔だけを大きく描いた肖像画とは少し趣が異なります。
少女の横顔から肩、左腕、指先へと視線を移すと、その先にはバイオリンがあります。
さらに弓を持つ右手までたどっていくと、演奏する一連の動きが浮かんできます。
少女の表情は穏やかでありながら、真剣です。
人に見られることを意識した表情ではなく、うまく音を出そうと耳を澄ませているようにも見えます。
背景は灰色がかった控えめな色調です。はっきりとした室内の様子や調度品は描かれていません。
その分、少女の肌や白い襟元、バイオリンの艶やかな色が際立っています。
バイオリンの温かみのある赤褐色は、少女の白い顔色、衣服や背景と美しい対比をつくっています。
中央に鮮やかなバイオリンがあることで、絵に温度と華やかさが生まれています。
華美に飾り立てた作品ではありません。
それでも、少女の表情や手の動き、衣服の装飾、楽器の色へと視線を移すうちに、いつしか目が離せなくなります。
油彩画とは
油彩画は、顔料を油で練った油絵具を使って描く絵画です。
木枠に荒い織り目の布地をピンと張った「キャンバス」に描かれたり、板に描かれたりすることがあります。
「油絵」という呼び方が一般的です。
油絵具は、水彩絵具のようにすぐには乾きません。
そのため、乾くまでの時間を使って色同士をなじませたり、いったん乾かしてから別の色を重ねたりできます。
絵具を薄く重ねれば、肌や光に透明感を出せます。
反対に、厚く置けば、筆の跡や絵具の盛り上がりそのものを表現に生かせます。
塗り方によって、柔らかな肌、艶のある髪、重みのある布、磨かれた木といった異なる質感を描き分けられるのです。
「バイオリンの少女」にも、油彩ならではの表現が見られます。
頬や額には、赤みを含んだ柔らかな色が使われています。
濃い色の髪にも一色だけを塗るのではなく、光の当たる部分と影になる部分が描き分けられています。
生え際のくせ毛は、油彩画でなければできない表現です。
少女の肌と衣服、木でできたバイオリン。
それぞれの違いが伝わるのは、色を重ねながら質感をつくれる油彩の特徴によるところも大きいでしょう。
油彩画の価値はどこで決まる?
「油絵なら高く売れる」「古ければ価値がある」と思われることがありますが、実際の査定はそれほど単純ではありません。
まず大きな手掛かりとなるのが、誰の作品かということです。
作家がどのような団体で活動したのか、どの展覧会に作品を出したのか、現在も作品を求める人がいるのか。
こうした情報を一つずつたどります。
同じ作家が描いた作品でも、すべてが同じ価格になるわけではありません。
その画家が得意とした題材か、珍しい構図か、どの時期に描かれたのかによっても評価は変わります。
奥龍之介でいえば、少女や女性と楽器を組み合わせた作品がよく知られています。
「バイオリンの少女」は、まさに作家らしさが伝わる題材といえるでしょう。
さらに、査定額を左右するのが保存状態です。
長く飾られてきた絵には、細かな汚れや色の変化が生じることがあります。
保管場所の湿気によってカビが発生したり、絵具がひび割れたりすることも珍しくありません。
キャンバスのたるみや破れ、絵具の剥がれがないかも確かめます。
額縁が古くなっていても、それだけで絵の価値がなくなるわけではありません。
大切なのは、額と中の作品を分けて状態を判断することです。
サインや付属品も見逃せません。
画面の隅にある署名だけでなく、作品の裏側に書かれた題名や作者名、画廊のシール、展覧会の出品票などが手掛かりになる場合があります。
購入時の箱や鑑定書、領収書が残っていれば、捨てずに作品と一緒にしておきましょう。
奥龍之介はどのような画家?
奥龍之介は、1923年に東京で生まれました。
東京美術学校油画科で学び、1945年に中退。
その後は、人物画などを手がけた洋画家・伊原宇三郎に師事したとされています。
1953年には日展へ初入選。
光陽会でも作品を発表し、光陽会賞を受賞したほか、運営委員を務めました。
1967年には第10回安井賞候補新人展、1972年には第15回安井賞展に出品しています。
安井賞展は、新人洋画家の登竜門として知られた展覧会です。
そこで作品が選ばれた経歴からも、当時の洋画界で評価を受けていたことがうかがえます。
奥龍之介が描いたのは、少女や女性、楽器、花など。
なかでも印象に残るのが、人物と音楽を結びつけた作品です。
バイオリンを持つ少女、楽譜に向かう女性など、音楽のあるひとときが繰り返し描かれています。
人物を写実的に描きながら、写真のようにその場面を写し取るだけではありません。
画面にはどこか物語を感じさせる趣きがあります。
少女がどのような気持ちで楽器を手にしているのか、その前後にどのような時間が流れているのか。
鑑賞する人が想像できる余白を残しているのです。
奥龍之介は1986年、63歳で亡くなりました。
没後も作品は画廊や美術市場で取り扱われ、少女と楽器を描いた作品を中心に親しまれています。
奥龍之介の作品が今も好まれる理由
奥龍之介の名前を知らなくても、その絵を見て心を引かれる人は少なくないでしょう。
理由の一つは、人物の美しさが素直に伝わってくることです。
美術に詳しくなくても、楽しめる絵です。
何を描いているのかが分からず、受け止め方に迷う絵ではありません。
少女や楽器という親しみのある題材が、繊細な筆づかいで描かれています。
少女の視線や手の動きに注目すると、緊張感が伝わってきます。
楽器が描かれることで、画面の外にある音や時間まで想像が広がります。
長く好まれてきたもうひとつの理由は「飾るシーンを選ばない題材が描かれている」こと。
落ち着いた色合いの人物画は、洋室や応接室だけでなく、さまざまな空間になじみます。
華やかさはありますが、強く主張しすぎません。
毎日目にする場所にも飾っても決して見飽きない、穏やかな魅力があります。
今回の「バイオリンの少女」は、そうした奥龍之介の持ち味がよく伝わる作品です。
油彩画は査定前に手入れしない
長く飾っていた油彩画には、ほこりやくすみが見られることがあります。
少しでもきれいな状態で査定してもらいたいと思うかもしれませんが、無理なお手入れは禁物です。
油彩画の表面を濡れた布で拭いたり、家庭用洗剤を使ったりすると、絵具や表面の保護層を傷めるおそれがあります。
布でこすっただけでも、浮いていた絵具が剥がれることがあります。
絵の表面に積もったほこりも、自分で払おうとせず、そのままにしておきましょう。
カビや変色があっても、修復できるかどうかは専門家が作品を見て判断します。
額縁が傷んでいても、査定前に作品を取り外す必要はありません。
古い留め具を動かした際に、キャンバスを破ったり、額の装飾を欠けさせたりする場合があるためです。
作品をきれいにしようと手を加えるより、飾られていた状態のまま査定に出すことが、油彩画を守ることにつながります。
今回は大変人気の高い油彩画を買い取らせていただきました。ありがとうございました。