今回の買取品は、バルテュスのリトグラフ「うたた寝」です。
椅子に身を預けて眠る人物を、細い線と余白を生かして描いた作品で、余白には「99/150」とサインが記されています。
バルテュスは、静かな室内や人物を描いた20世紀フランスの具象画家です。
バルテュス「うたた寝」に描かれた静かな時間
「うたた寝」は、1994年に制作された6点組のリトグラフ作品集「素描集」の一枚です。
この作品集には、共通して軽やかな筆致と広い余白が用いられています。
「うたた寝」でも、あえて描き込まれていない部分が、眠る人物を包む室内の静けさや、ゆっくり流れる時間を感じさせます。
椅子に座った人物は、頭を少し傾け、全身の力を抜いたような姿勢をしています。
衣服のしわや腕の置き方からも、眠りに身を任せた様子が伝わります。
描かれているものは多くありません。
それでも、人物の姿と周囲の余白をたどっていると、室内に流れる時間まで想像したくなります。
バルテュスとは|抽象絵画の時代に人物を描き続けた画家
バルテュス(1908〜2001年)は、本名はバルタザール・クロソフスキー・ド・ローラ。
フランスで活動したポーランド系の画家です。
20世紀は形や色そのものを主役にする抽象絵画が広がった時代でしたが、バルテュスはあえて人物や室内を具体的に描き続けました。
少女や猫、読書、眠り、室内などを繰り返し題材にし、日常の一場面を独自の構図で描きました。
また、バルテュスがルネサンス絵画を学んでいたこともあり、その構図の安定感や画面の落ち着きが特徴です。
その一方、何気ない場面でも、静かな緊張感が残ります。
なぜ「うたた寝」から物語を感じるのか
「うたた寝」には、眠りに至るまでの出来事も、目を覚ました後の様子も描かれていません。
場面を説明し尽さないからこそ、人物の視線や室内の配置から物語を想像できます。
人物の視線が鑑賞者と交わらない
人物がこちらへ視線を向けず、動作の途中で静止したような姿をしていると、何をしていたのか、なぜその姿勢になったのかが気にかかります。
画面には大きな動きがないからこそ、描かれていない出来事まで想像が広がるのです。
描き込まない室内が想像を誘う
家具や背景が細かく描き込まれていないため、人物の存在感が引き立ちます。
何も起きていないようで、実は場面全体が緊張を含んでいる。
それがバルテュスらしさです。
リトグラフとは|線と濃淡を生かす版画技法
リトグラフは、石版や金属板を使う版画技法です。
木版画や銅版画のように版を彫るのではなく、水と油が反発する性質を利用して刷ります。
版面に描いた筆致を紙へ移せるため、鉛筆やクレヨンで描いたような、やわらかな線や色の濃淡を表現できます。
そのため、バルテュスの素描を思わせる画風ともよくなじむ技法です。
「うたた寝」では、人物や椅子、室内の様子が、はっきりした輪郭線よりも淡い色の面によって表されています。
色の濃淡と広い余白が、眠る人物を包む静かな空気を伝えています。
リトグラフは同じ図柄を複数枚刷りますが、作家が制作に関わり、正式に刊行されたものは版画作品として扱われます。
「99/150」とサインから分かること
「うたた寝」の余白にある「99/150」は、通常エディション150部のうち99番目の作品、という意味で読むのが一般的です。
ただし、「1/150」のように番号が若い作品ほど、早く刷られたとは限りません。
完成した作品へ、刷った順番とは別に番号を割り当てることもあるためです。
同じエディションであれば、番号の大小だけで評価に大きな差がつくとは限りません。
査定では、エディション番号だけでなく、直筆サインの有無、図柄、紙の状態、版元、作品の来歴などを総合して価値を判断します。
また、サインについても注意が必要です。
直筆サインなのか、版に刷り込まれたものなのかで意味が変わるため、サインの有無だけで本物と判断するのは早計です。
贋作と複製品は同じではない
バルテュスの作品は、正式に刊行されたリトグラフのほか、原画を印刷した複製画やポスターとしても流通しています。
外観が似ていても、制作方法や美術品としての位置づけは同じではありません。
混同されがちなのが、正式なリトグラフ、複製画・ポスター、贋作の違いです。
- 正式なリトグラフ:作家または版元の管理のもとで制作された版画
- 複製画・ポスター:原画を印刷で再現したもの。表示が正しければ贋作ではありません
- 贋作:真作や正式版画であるように装う目的で作られたもの
三者を区別するには、印刷方法だけでなく、用紙や寸法、版元、刊行時の資料、来歴なども調べます。
バルテュスの版画は何をもとに査定される?
査定では、作品そのものに加え、刊行時の情報や保存状態も調べます。主な項目は次のとおりです。
- 作品名、制作年、技法
- エディション番号とサインの状態
- 用紙の寸法、紙質、版元や刷り工房の情報
- 作品集の一枚か、単独で刊行された作品か
- 購入時の保証書、箱、展覧会資料、領収書
- 紙のしみ、日焼け、波打ち、額装の状態
- カタログ・レゾネや取引記録との照合
今回のように、額裏ラベルに「1994年制作」「6点の素描集」「Ed.99/150」とある場合もあります。
ただし、ラベルがあるからといって制作背景や真贋まで確定できるわけではありません。
ラベルは大切な参考資料ですが、実物の調査と照らし合わせる必要があります。
査定前に作品と付属品を撮影する
査定を依頼する際は、無理に額を開けたり、紙を拭いたりしないでください。
思わぬ傷みにつながることがあります。
査定を依頼する前に、次の箇所を写真に撮っておきましょう。
- 作品全体
- サイン部分
- エディション番号
- 額裏のラベルやシール
- 保証書、購入時の資料、箱
作品名や制作年、購入先を示す資料も査定の手がかりになります。
額裏のラベルや保証書、箱などは処分せず、作品と一緒に保管してください。
ラベルや保証書の文字が薄れている場合は、判読できるうちに撮影しておきましょう。
バルテュスのリトグラフに関するよくある質問
Q1. 6点組の作品がそろっていなくても査定できますか?
A1. 「うたた寝」のような連作は、1点だけでも査定を依頼できます。
6点すべてがそろっている場合は、作品集として評価される可能性がありますが、欠けているからといって価値がなくなるわけではありません。
表紙や収納ケース、ほかの作品が残っている場合は、別々にせず一緒に査定へ出してください。
Q2. 保証書がなくても査定してもらえますか?
A2. 保証書がなくても査定は可能です。
作品の用紙や寸法、サイン、エディション番号、版元などから調べます。
購入店の領収書や展覧会の案内、作品が入っていた箱も来歴をたどる手がかりになるため、残っていれば作品と一緒に用意しましょう。
Q3. 番号の表記が違う作品は贋作ですか?
A3. 版画には、通常のエディションとは別に、作家や版元が保管するための作品が制作される場合があります。
「A.P.」「E.A.」やローマ数字など、通常版とは異なる表記が使われることもあります。
(「A.P.」は英語のArtist’s Proof、「E.A.」はフランス語のÉpreuve d’Artisteの略で、いずれも通常版とは別に用意された作家保存分を示します。)
したがって、「99/150」と違う番号が付いているという理由だけで、贋作とは判断できません。表記の意味と刊行時の情報を照らし合わせる必要があります。
Q4. 紙にしみや日焼けがあっても査定できますか?
A4. しみや日焼け、波打ちがある版画も査定できます。保存状態は評価に影響しますが、作家や作品、エディション、来歴なども含めて金額が決まります。
汚れを落とそうとして紙をこすると、表面を傷めるおそれがあります。手を加えず、そのままの状態で相談してください。
手元の作品がポスターなのか、正式な版画なのか分からない場合は、当店へご相談ください。
サインやエディション番号、額裏のラベルなどを手がかりに、作品の技法や来歴をお調べいたします。
作者や価値が分からない絵画・版画も、まずは写真を添えてお気軽にお問い合わせください。
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